ピアノ 処分

お婆ちゃんの形見

お婆ちゃんの形見

 

我が家に大きなピアノがやってきたのは今から30年近く前の事でした。
ピアノを習いたいと切に願っていた私にせっかく習うなら本格的なピアノを買ってあげると言い、お婆ちゃんが買ってくれました。
当時、私の周りにはピアノを持っている友達がいなく、遊びに来るたびに「いいな?」「羨ましいな?」と言われる事がちょっと自慢だったりしました。

 

ピアノの購入を機に近くのピアノ教室に通い出しました。
練習が楽しくて楽しくて幼稚園から帰ってきてはおやつもそこそこにピアノの椅子にすぐに座って楽譜を見ていた思い出があります。
ピアノの教本がステップアップしていくのが楽しくて楽しくて、毎日本当に良く練習しました。

 

近所に住んでいたお婆ちゃんは、良く私のピアノを聞きに我が家にやってきました。
決して上手な音色ではありませんでしたが、たくさんたくさん褒めてくれていたように思います。
お婆ちゃんが特等席で観客としていてくれたのも練習の励みだったかもしれません。

 

その数年後、お婆ちゃんは病気でお空へ逝ってしまいましたが、ピアノの椅子に座るたびにいつもの席から応援してくれているような気がします。
お婆ちゃんとピアノと私の思い出は大切な宝物です。

 

 

 

ピアノとともに

ピアノとともに

 

「ピアノが欲しい。
」幼稚園に通っていた頃、両親にそう言ったらしい私。
「ピアノを習うなら買ってあげる。

 

」と言われ、私は小学校1年生からピアノを習いに行くようになりました。
習いだすと面白く楽しいものでした。
練習していき、先生の前で弾いて、上手にできるとほめられる、そうするととても誇らしく感じるのでした。

 

年数が上がっていく毎に、内容もだんだん難しくなっていきました。
その難しい曲が弾けると、嬉しさはさらに増しました。
毎年、発表会があり、先生が生徒のピアノの技術や雰囲気を考察して、皆にそれぞれ曲を選んでくれます。

 

初めての発表会はたいへん緊張したので、その感覚を今でも覚えています。
発表会の回を増す毎に、慣れも出てきて、自信をもって弾けるようになっていきました。
私は高校に通う前まで9年間ピアノを習いました。

 

中学校3年生の時の最後の発表会は、先生がとても難しいショパンの曲を選んでもってきてくれました。
それから約20年経ちましたが、久々にその楽譜を見て少し練習すると、指が覚えていて弾けるものです。
今はピアノは実家にあり、ほとんど弾くことがありませんが、現在の住まいである賃貸マンションを脱出して、一戸建てを建て、そこにそのピアノを置き、娘と一緒に弾くことが私の夢です。

 

 

 

私だけバイエルから・・・

私だけバイエルから・・・

 

小学校2年生から家の近所のバイオリン教室に通っていました。
習い始めた動機は家の近所の教室に入っていく生徒さん達が持っていたバイオリンケースです。
ナゼだかとてもかっこよく思えたんです。

 

私の家庭は母子家庭で母一人子一人。
とても裕福と言える家庭ではありませんでした。
母はバイオリンを習いたいという私に「どうせ音楽をやるならピアノをやりなさい!」と大反対。

 

当時ピアノを習っている子はクラスに2〜3人はいるかな?の時代で、合唱コンクールや学芸会など出番も多く、ある意味花形だったのです。
でも私はクラスでも学年でも誰ひとりとしてやっていないバイオリンの方がかっこいい!と断固拒否。
母が祖母に相談し、最初のバイオリンを祖母が買ってくれることになり、どうにか習うことになりました。

 

そして月日が経ち、中学校3年生の受験前の時期に三者面談で担任の先生からバイオリンをやっているのなら音楽科も受けてみたらどうですか?と推薦枠に入れてくれることに。
ただ、実技(私はバイオリン)副実技(ピアノ以外の楽器がメインの人は必ずピアノのテストがあります)音楽理論、音楽史・・・その他かなり数多くの試験内容でした。
それまで全くピアノを習ったことがない私は1カ月の付け焼刃で受験に挑み、副実技のピアノ以外は問題なくクリアしました。

 

副実技のみ上手くいかず、こりゃ落ちたな…と思い、普通高受験の準備に取り掛かることに。
そして音楽科の合格発表の日、見に行くこともせず学校で授業を受けていると担任の先生から合格の知らせが。
ただ、音楽科の主任の先生が話したいことがあると呼ばれ、受験した高校に行って話を聞いてみると、私のバイオリンの技術、その他の試験はとても素晴らしい!と褒めてもらったものの、いかんせんピアノが・・・とアタマを抱えていました(笑)普通はピアノ以外の楽器の受験の子もみんなピアノは弾けて当たり前、らしいのです。

 

そこで入学するに辺り、私だけ基礎の基礎、バイエルから初めてほしいと言われました。
やっぱり母の言うことを聞いておくべきだったなぁ〜と7年前のことを初めて後悔した1日でした。

 

 

 

私にとってのピアノの存在

私にとってのピアノの存在

 

幼稚園の頃〜大学までピアノを習っていましたが、その時々の年齢によって、私にとってのピアノの存在は違っていました。
小さいな頃は、楽器を弾けると言う楽しさ、先生に褒められる嬉しさなどが大きかったです。
発表会なども緊張しましたが、楽しかったし人に負けたくない!上手に弾きたい!と言う向上心にもつながったのかな、と今振り返ると感じます。

 

中学、高校生、大学になると、技術が上がって更に弾ける曲が増える事、また自分の好きな曲を弾けるようになれる事が楽しかったです。
そして、なかなか自分の感情を表現出来ない時ストレスが溜まった時に感情表現をする場としても、自分の中で良いストレス発散の場でした。
ピアノは実家にありますが、大人になった今でも実家に帰るとピアノに触る機械が多々あります。

 

ずっとやってきていたので、やはりピアノを弾く事でしか、消化出来ない自分の感情もあるんだろうなぁ…とも思っています。
今年は自分の子供も生まれるので、子供にもピアノを弾いてあげるなどしてあげたいなぁと思っています。
また新しい思い出が増えそうで、楽しみです。
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